Arne JacobsenさんのCityhall Clock

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「どんな音楽が好きなんですか?」と聞かれたら「Velvet Undergroundです」と答えますが、実はそんなに詳しいわけじゃありません。「それってどんな音ですか?」と続けて聞かれると、「あのバナナのジャケットのです」、すると「あ、知ってます」。
ジャケットで解決。
私もジャケットだけは高校生の頃から知っていましたが、実際に聞いたのは20代も半ばでした。
そして、私が好きなのはこのアルバムではなくて、3rdアルバム。

突然、昼夜が逆転してしまいました。
お酒を飲まなかった日の夜中はいいですね。ぐんぐん頭が冴えます。
いや、頭が冴えてるから眠れないんですね。これはこれは。

「サービスの神様」と言われる方は、御自身の歴史を丁寧に記憶されていました。
会社に入った時のこと、初めてレストランの店長になった時のことなど、すべて「19○○年の■月」をつけて話されます。
自分がいつ何をしていたのかを知っている。
同時に、「何をするのにどれくらいかかった」も分かります。
2001年8月から三ヶ月かけて、この写真のビルの外壁全てをクリーニングしました。20階建、約20000平米。「911」があり、日経平均株価がどんどん下がってた最中でした。





私のイニシャル・ロゴ「SY」をハンコにしました。
私のプライベート用名刺には、このロゴは入ってない(ロゴの仕上がりが印刷に間にあわなかったんです)ので、ハンコでロゴを捺してからお渡しします。

はじめてY君に会ったのは、彼がまだ写真学校の学生だった頃。私がいた会社に「就職までの期間限定アルバイト」で入ったきました。その後、念願の写真スタジオへの就職も決まり、盛大な退職パーティーをやったのにもかかわらず、彼はなんと一週間でそのスタジオを辞め、タイ〜沖縄へ撮影の旅をして三ヶ月後に再び私の会社に戻ってきました。
「私にとっては時間の無駄」
スタジオを辞めた理由をそんな風に言っていました。
「元プロボクサー」という変わった経歴を持つプロカメラマン。「写心家」Y君。
先日、突然電話をしてきて、こんな悩みを打ち明けます。
「元カノからマイミクの申込がきたんですけど、どうすればいいと思いますか?」
そんなY君のサイトをつくらせてもらいました。
この先、彼のサイトが他のサイトや雑誌などで紹介されるでしょうから、スクリーンショットにかならず写真が入るような構成にしました。
>>www.foto-finito.com


帰宅すると、隊長が嬉しげに「下北でいいものを見つけたのだよ」とおっしゃる。
それがこの「ルバーブ」。
「なんとこの量で525円」と自慢げ。
そして、甘酸っぱいジャムになりました。

ハイドパークってこんなイメージです。
違いますか?

アスクルが個人でも注文できるようになったのは知りませんでした。「ポータルアスクル」といいます。
早速、この段ボール収納ケース「フェローズ バンカーズボックス」を買って、今までは大きさも柄もバラバラの段ボールに収納していた食器を全て入れ替えました。見事、部屋すっきり。
三年前にこの部屋に引っ越してきたときに、少ない「モノ」から更に必要のないものを捨てたんですが、このありさまです。
次は、写真に写っている「キッチンエイド」の作業台を作るか、買うか。
悩ましいところです。そうやってどんどん空きスペースがなくなっていきます。




私が幼稚園生の頃まで、我が家のファミリーカーがこの「スバル360」でした。
これに家族4人乗って、栃木の母の実家(片道3時間)や新潟の父の実家(片道8時間)へ行っていました。夏には「暑い」、渋滞にはまれば「退屈だ」、「おなか減った」、「おしっこ漏れる」。もう大変です。

rocketshipTOMOSを始めたころ、知り合ったのがO君。
もう8年も前になりますが、その頃彼はフリーのケーキ職人というあまり聞いたことのない肩書きを持っていました。自宅の工房でケーキを焼いて、TOMOSでカフェなどに配達していました。2000年の「Pedal. Cafe」には、ケーキを焼いて持ってきてくれて、集まったMOPED乗りのみなさんにふるまってくれました。
世田谷から八王子の大学まで毎日通学に使っていた彼のTOMOSは、そのあとに動かなくなってしまって、彼は変わりに大きなスクーターに乗って日本中へ旅に出はじめました。
旅先での出会いを育んで、O君は今年の5月に長崎県波佐見町に「monne legui mooks」(通称ムック)というカフェ&レストランをオープンさせました。昭和初期に建てられた陶器工場の建物を三ヶ月かかって改築したそのカフェは、都会とは言えない波佐見にあってたくさんの人が集まる店になりました。
心地よい喧騒のゆっくりとした時間ただよう素敵なカフェです。
広い店内を一人でサービスするO君。
パティシエとしての腕も衰えていませんでした。
美味しかった「HAPPY LIFE」ケーキです。



最近、我が家の講師陣に加わっていただきましたのが、植松良枝先生の「温かい野菜料理」。
本日は、わたくしめが晩ごはんを担当させていただきまして、「ヘルシンキのじゃがいもスープ」、「炒め野菜と味つけひじきのサラダ」をこしらえております。

私の心の扉をノックした初めての絵は、パウル・クレーさんの「野いちご」。ついこないだのことです。
今日、川村記念美術館に「パウル・クレー展」を観に行きました。
始めから順番に作品を観ていくうちに、「ちょっと待て、もしかして『野いちご』もあるかも?」と気が付いたら、胸のあたりがキュ〜っとなって、ちょっとクラっとなる。
ドキドキと進んでいくと、ありました。「野いちご」。
パウル・クレーが描いたそのものが目の前にある。
コピーでもなくて、筆を滑らせたそのものがドイツから時を越えて目の前にある。
これは衝撃。






栃木の山の上で暮らしている母が時々野菜を送ってくれます。
多分、無農薬ではありませんが(「クスリつけないと、美味しいから虫がついちゃって大変なのよ」と母は言います)、いつもとても美味しい。一昨日届いた段ボールにもたくさんの種類の野菜が、二人暮らしの家庭にはちょうどいい位の量、詰まっていました。
先日、旅行した長崎県波佐見にあった白山陶器本社で買った森正洋さんの平形めし茶碗。春夏用に新しく私と隊長に一つづつ買ったものを卸し、ご飯を。買ってから約3週間、自宅で揃ってお米を食べていなかったことに気付きます。
カイ・フランクさんのカップにコーヒーを淹れ、隊長が焼いてくれた米粉のロールケーキを。
今日の我が家の食卓は、なかなかのコラボレーション。

CAMPER プレス Kさま
お礼状のお礼になってしまう失礼をお許しください。
ご丁寧なお手紙をいただきありがとうございました。
同封してくださいました、「BRUTUS」のコピーを拝見し、CAMPERシューズへの想いが深くなりました。
不勉強なもので、スペイン、マヨルカ島生まれというのも初めて知ることができました。これで私がいつかスペインに行く理由ができたのも嬉しい。写真を拝見するかぎりですが、素晴らしいところのようですね。
妻の2足目のCAMPERシューズもそろそろ疲れてきています。
もしかすると妻は違うモデルを選ぶかもしれませんが、私はもう一度同じモデルをそっと薦めてみようと思っています。あのつま先のラインとVが妻の足下にあるのが私はとても好きです。


プロダクトデザイナー秋田道夫さんの「form room」の宿題、私のイニシャル「SY」です。
昨日提出して、及第点をいただきました。
このロゴマークを考えたことによって、自分のイニシャル、名前と、『気持ちの弱さ・はかなさ』とこれからずっと付き合える機会を得たんですね。
これから、これを見る度に『気持ちの弱さ・はかなさ』を考えることができて
そして、『気持ちの弱さ・はかなさ』がこのロゴマークに変化を与える。
上手く説明できてないんですが
これは、宝だなぁと思うわけです。

今日は2つも、いいことがありました。



古いかたちのバイクで
朝を走っていた
ゆっくりと乾いていく
のどに陽がさしていた
もう何年も前に知人からいただいたデモテープの中のこの一曲が、今も私がTOMOSに乗る時のテーマ曲。
ここ最近、私のTOMOSは絶好調。
走行距離は31500キロ。
毎日通勤で乗る時のウキウキは9年前に買った時のままであります。
Oh, Yeah

御三家のお一人、吉祥寺「もか」の標(しめぎ)さんの言葉。
「40年コーヒーの焙煎をしていて、
神に近づくような味を出せたことが、7回ある。
その時のことは、味はもちろん、
どんな人と、どんな場所であったかなど、
今でも鮮明に思い出すことができる。
その味が、今でも自分の目標であり、
それに近づくために、今も焙煎を続けている」
先日、詩人さん宅でお会いしたデザイナーのSさんは、「初めてお会いした方には見ていただいてるんです」とご自身の作品をまとめた本を見せてくださいました。
私も照れ臭いんですが、初めてお会いした方に名刺代わりになるようにポストカードを作りました。
名前も携帯番号も住所も、そしてここのURLも載せました。
会社の名刺よりは、ちょっといいかなと思って。