Wave のマニマニ

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新しく我が家に登場した無印良品の「アロマポット」に、先日pohheで買った「目玉」をフューチャリング。
大が105円、小が52円、合わせて152円。どこにつけてもそこが顔になる、152円でかなり楽しい。


先週はOKAZ DESIGNさんのお宅にお招きいただきました。
気が付けば夜中の3時。楽しかったです。ありがとう。

書籍「自分の仕事をつくる」を読んだ頃、母が東京から栃木県の茂木に引っ越しました。
それから年に2回ほどですが、レンタカーで母に会いに行く度に隣町・益子の「STARNET」(www.starnet-bkds.com)に寄ります。今年は今日ですでに2回目、あともう一回位行けそう。
益子には他にも素敵なカフェがありますが、いつも「STARNET」に行ってしまいます。それは「STARNET」に寄るとピっと背筋が伸びるから、「しっかりしよう」と奮い立たせてくれる緊張感があるからです。
隊長の描く人物はみんな眉毛が下がっているのはなぜだろうか。
と聞いてみたいが聞けないであります。
それは「大人なら」いいのか。
それは「仕事だから」しょうがないのか。
私は目の前で嘘を言う人の顔を覚えています。
「この人はこんな表情で嘘を言うんだな」と良く見ています。
きっと、恋人にも、奥さんにも、子供にも、親にも、友達にも
同じ顔で嘘を言うんだろう。



どんな絵を描く方か存じ上げないんですが、この時から私は「MAYA MAXX」さんを知った気になっています。

2年前まで毎日使っていたSEIKOの腕時計。
今はどうかわかりませんが、4〜5年前は並行輸入ものの方がカッコ良くて安かったので、ネット通販で買いました。
毎日「現場」にして行ったので傷だらけ。強酸や強アルカリにも耐えた相棒です。
いつもはオメガの時計をしているんですが、貧乏性なもので水とか傷とか気にしちゃうのがまどろっこしい。その点、この年季の入ったSEIKOは安心です。時計をしていないように振舞えます。
最近の雨天MOPED通勤のために再び使うようになりました。

そう歌っていたK先輩(2月21日のAfterhoursの人です)も今では、2人の娘さんの親。そして、僧侶。
ここ一週間、私がいつものにも増して無口で、いつもとは反対に機嫌が悪そうに見えるのは、下唇の口内炎が痛いから。
私には頬の内側や唇を噛んでしまう癖があります。唇を噛んだ場合ですと、上の歯が2本、下の歯が2本、合計4ヶ所の傷がつきます。そして、傷は4つの口内炎になり、やがて一つの大きな口内炎へと合体するのであります。
今まさにでっかい口内炎が下唇にあるのであります。
何を食べてもしみます。一番しみるのが「豆腐」。
「豆腐屋ジョニー」がキツかった。




家から千歳船橋駅に歩く途中にある「THE SHOP HOUSE」(www.theshophouse.net)は、アジアのインテリアを扱うお店。アジアとは言えど「元祖仲屋むげん堂」方面ではなくて、「アマンリゾート」方面でしょうか。実はまだ一度しかお店に入ったことがないんですが、歩きながら中をのぞくと、いらっしゃる女性の背筋がいつもピンと伸びてる素敵なお店です。(私は「元祖仲屋むげん堂」ももちろん大好きですよ)
その一度入った時に買ったのが、このマンゴーで作られてた小物入れです。そこにあると気持ちが落ち着くようなフラットブラック。我が家では玄関脇で「鍵入れ」になっています。
外出する時にはここから鍵を持ち出して、帰ると靴を脱ぐ前にこの中に鍵を戻すのが習慣です。

「私は東京生まれ、東京育ち。ちょっと東京に飽きている」と言おうものなら、「1回地方で暮らしてみなされ」と一喝。大学に入学したときに「あなたは東京の最新スポットを知っているはずだから、教えなさい」という無言の期待がありましたが、私は夏休みになると「田舎」へ帰っていく彼らがちょっと羨ましかったのです。
今日は起きたら、電車では会社に間に合わない時間。
何年ぶりかにカッパを着てMOPEDで通勤です。

石垣島の宿には「楽天屋」という古いアパートを改造した民宿を選びました。
二階の廊下の一角には、CDプレイヤーとCDがごちゃっと積まれていて、好きなのを好きな時に聞いてねシステムがあります。
レンタカーで島をドライブするために勝手にそこからCDを持ち出した中に偶然あったのが、田中亜矢さんのアルバム「sail」。海岸線をゆっくりと走る風にとてもよくあうので、何度もリピートしました。

最近なんだか、前よりもずっと、繊細になっちゃったよ。
そして、もっと言葉をなくしているよ。
それはあの時から
それまで絵のことはまるでわからなかったのに
それまで絵には心を動かされなかったのに
瞬間最大風速は弱いであります。
けど、そよそよとずっと吹きつづけているですよ。

2人の母に、ありがとうと込めてケーキを焼いてくれました(隊長が)。

私は「古いもの」が好きなわけではないし、「木」にいつもぬくもりを感じるわけでもありません。「こだわり」をもったものはいつも多くの人の心に響くというわけでもないと思います。
きっと、つくった人やつかう人の強い気持ちがものにうつって、その姿から「込められた強い気持ち」を私は「素敵」だと感じる。だから新しくても、コンクリートでも、ステンレスでも関係ないのではないでしょうか。
今日うかがった「えんがわカフェ」でそんなことを考えました。

近所なので嬉しい。
明日は「えんがわカフェ」(engawa.okaz-design.jp/v1.html)にお邪魔します。formroomの0さんと三十路を越えたナイスガイが隣町から自転車でよろよろと向かいます。午後2時位、よろしかったらみなさまも。
昼間からワインが堂々と飲めるなんて嬉しい。


「坂上田村麻呂」のような漢字の名前が暗記できないという理由で、私は日本史を捨てて世界史をチョイスしたのは中学の時。カタカナだと何故かよく暗記できたので、大学は史学科フランス史を専攻しました。
自分が生きてきた年代以外の日本のことを私は知らないんだと、このゴールデンウィークに行った「江戸東京博物館」や「東京江戸たてもの園」に行って感じた次第です。
もちろん、フランスのことはすっかり忘れてしまっています。


隊長の祖母がお祝いにと贈ってくれた「le creuset」。
まったくの評判通りに何をつくっても美味しいのです。私は雑誌「アルネ」を見ながら筑前煮をよくつくりますが、昨日は試しに鶏肉を入れなかったら、まったくの別物に仕上がってしまいました。基本忘れるべからず。
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あの「雪国もやし」はシャキシャキして美味しかったですよ。
キャンペーン価格で「高く」なかったので試してみました。

エントランスのすぐ側でおこなわれていたので、足を止めて見る人よりはるかに多くの人が素通りしていましたが、力強い雰囲気が漂っていました。そんな様子を見てぞくぞくしたのを覚えています。

97年9月27日の日比谷野音。
体がムズムズして立ち上がってステップを踏んでいましたが、どうにも窮屈に感じてしまい、ステージが見えなくてもいいから、このビートだけ届けばいいからと思って、席を離れて客席の裏側で踊っていたら、同じことを感じた人が次々と増えてきました。たくさんの人が自分のダンスをそこで踊っていました。
ライブが終わると、そこで踊ってた人はみんな笑顔で、「また会おうね」と握手。
ライブはもちろん、クラブに行ってもほとんど踊らない私が幸せに踊らされたのがフィッシュマンズ。
今日やっと、映画「THE LONG SEASON REVUE」を観ることができました。
あっという間の2時間。
始まってすぐのドラムのビートに体が反応しました。


天気のいい休日、MOPEDをとばして「江戸東京たてもの園」へ。
「江戸東京たてもの園」のある「都立小金井公園」は、私がまだ小学生の頃、ちょっと自転車で遠出する場所でした。通っていた高校もほんのすぐそば。公園内に入るのは約20年ぶりです。

さて、コーヒー店のマスターになるにはどうしようと考えた私は、なんとも遠回りが好きなもので、2004年の10月から外食のマーケティング会社の制作部へ転職しました。主な職務は自社ウェブサイトのレイアウトとコーディングと制作補佐でしたが、3ヶ月後の12月末日には頼りの上司(編集長)が退職されて、編集・制作全てを一人で担当することになりました。
その最初の記事が「食生活が楽しくなるデザイン家電、新機能家電」でした。
掲載したその週にプロダクトデザイナーの秋田さん(www.michioakita.jp/)からメールをいただき、びっくりしてすぐにライターNさんへ転送したのを覚えています。
Nさんは、どんなテーマでもきっちりと的確な取材先をセレクトして(本来は編集者の役目でしょうけど)、丁寧に取材されます。「この人なら、普段の取材では言わないこんなことを話しても、きちんと書いてくれそう」と思わせる雰囲気があるので、「よくこんなこと話してくれましたね」ということもあります。
そんなNさんとの最後の仕事は「表参道ヒルズ」でした。
一緒にヒルズに行った帰り、「デザイン家電で書ききれなかったことがあるんですよ。あと、建築の記事が書きたいな」と代々木八幡で馬刺しを食べながら話したんでした。
私は転職からちょうど一年後の2005年10月に、「ロータス」、「バワリー」のデザイナー・形見一郎さんのインタビューにNさんと同行させていただいたのをきっかけに、退職を決めました。カフェブームが一順した時期でしたので、ブームと言われていた時期には聞けなかった、面白いお話が聞けたのは、カフェ好きが高じて職を変えた私には「区切り」に思えたからです。
(その面白いお話は私の力不足で、ほとんどカットになってしまいました)
www.foodrink.co.jp/backnumber/200510/051030.shtml

江戸東京博物館でおこなわれている「昭和モダニズムとバウハウス」展。
会場で放映されていたビデオに一瞬「土浦亀城邸」の地図があったので、頭にたたき込んでそのまま両国からMOPEDで現地へ。
あった。
私が「デザイン家電」という言葉を知ったのは、ライターのNさんからいただいたこの記事でした。
(www.foodrink.co.jp/backnumber/200501/050108.html)
外食のウェブマガジンですが、2005年新年最初の記事が「家電」。何て命知らずなんでしょうか。
掲載後、さまざまなブログで取り上げていただき、掲載の翌週からPVがじわりじわりと上がった記事でした。



自宅のファックスが壊れてしまいました。ずいぶん古い「おたっくす」。受信はできるんですが、送信すると真っ黒になってしまいます。
年に数回しか送信することがないんですが、送信のたびにコンビニに行くのはちょっと大変です。
素敵なファックスマシーンをご存知ありませんか?
「MUTECH」はもう売ってないんですね、ありゃりゃ。
